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yinyangの製品は、縫製工場、染め工場、プリント工場、刺繍工場、生地屋、金具雑貨屋など、たくさんの職人さんとの関わりから生まれています。
どのような人が携わり、どのような場所や方法で作られているのか等、職人さんとのコミュニケーションを大切にしながら、ひとつ一つの作業を進めています



BOTANICAL DYEING IN BALI, INDONESIA


making color バリにある草木染工場では5つの植物から出る色を絵の具のように混ぜて さまざまな色を作り出しています。

Indigo/藍・青色
Ketapang/桃玉菜・黒色
Mahogany/マホガニー・茶色
Mango/マンゴー・黄色
Secang/蘇芳・赤色

例えば、紫は青と赤。緑は青と黄。オレンジは赤と黄。
少し茶色を混ぜると くすんだ仕上がりになります。
Indigo ■Indigo(青色)=ジャワ産
日本名は藍(あい)
インディゴは、古代文明のころより染め物に使われてきた最も古い染料のひとつです。
藍からうまれる青色は、世界各地で昔から染められてきました。
ジャワ産の葉っぱからは、スモーキーな青色に染まります。
Ketapang ■Ketapang(黒色)=バリ産
日本名は桃玉菜(モモタマナ)
桃玉菜は、マングローブと似た品種の樹で、バリ島では海の近くにもよく生息しています。
この葉っぱから、墨のような情緒のある上品な色合いの黒に染まります。
日本では沖縄以南の地域でよく見かけます。
Mahogany ■Mahogany(茶色)=バリ産
日本名は桃花心木
古くより高級木材として世界中で家具などに使われたため、乱伐が進み、今ではワシントン条約によって取引が制限されるように・・・。
マホガニーが多く生息するインドネシアでも、この条約によって樹々は大切に守られています。
yinyangでは、染め工場の畑で育てている樹から葉っぱを採取しています。
Mango ■Mango(黄色)=バリ産

南国の果物・マンゴーの葉っぱから、色を頂いている黄色は、マスタードに近いあたたかみのある色。
樹高30〜40mの常緑高木で、実は漆の仲間です。
バリではいたる所にマンゴーの樹があり、素材に困ることはありません。
Secang ■Secang(赤色)=ジャワ産
日本名は蘇芳(スオウ)
この樹自体が赤っぽく見えますが、ここから赤色を出してゆくのは難しく、職人さんの経験と技が必要です。
媒染しないと黄褐色、明礬で媒染すると赤色、椿などの木を燃やした灰で媒染すると赤紫色、鉄で媒染すると黒っぽい紫色になるそうです。
収穫された時期によって同じ赤でも色が変わるため、その時々の赤色が楽しめるのも自然ならではの恵みです。
交渉はすべて公平な取引の元で行われています。適正な価格で継続的に取引を続けることによって、現地の方が心身共に健康で裕福な暮らしへと繋がるよう、私たちは考えています。
染液は全て自然由来ですが、染めた後の原液はそのまま下水へ流さず、まずは工場内にあるビオトープへ流しています。
水草の布袋葵が濾過し、次にモリンガの木を沈ませたプールで浄化されます。その後、バナナの木の下へと流れていき、元気なバナナを育て、川へと循環します。

yinyang

いつも素晴らしい染めの仕事をありがとうございます。
草木染め工場についてもっと深く知ってみなさんに伝えたいと思いますので、今日は改めてインタビューさせてください。

Pak Madeさん

はい、よろしくお願いします。

yinyang

この草木染め工場を始めたのはいつからですか?

Pak Madeさん

1995年から少しづつ独自で草木染めを試し始め、工場を作るための設備投資を始めたのは2000年です。
そこから初めてオーダーが来たのは3年後でした。
1990年頃、当時クロボカン地区の日本人オーナーのアパレル会社に勤めていて、
いつか自分で何かやりたいと思い自分の田舎に土地を購入していました。
その土地に工場を作り、初めは今の半分以下の規模で、スタッフも雇わず家族だけで運営していました。

yinyang

草木染めをするキッカケは何だったのですか?

Pak Madeさん

勤務先のアパレル会社では製造部のマネージャーをしていました。
生地を染めるためにケミカルの染料を使用していましたが、それが川へ直接流れ、汚染していることに気付き、
自然が壊れるのが嫌で天然の染料のことを考え始めました。
大学生の時にインドネシアの文化を勉強していたので、インドネシアに天然染めがあることは知っていました。
そこからインドネシアで草木染めをしているいくつかの島を訪問し、
そこでビジネスで染めるためではなく文化のものなので、クオリティが安定しないことを知りました。
文化で使われていた素材をどうにかエクスポート出来るためのクオリティにならないかと考え、
材料は他の島から調達したりバリ内にある草木を使い、独学で始めました。
車にいつもナイフを持ち、気になる葉や枝を取っては染めれるのか試す日々でした。

yinyang

当初から今までの変化をどう受け止めていますか?

Pak Madeさん

大きくなるにつれ責任も大きくなり大変なことも増えます。幸せと辛さが隣同士です。
今より多くを求めず、今をキープさせ、長く継続できることが大事と考えています。
大きくなると機械に頼り、電気や水などの資源も多く使うことになるため、
量を増やすのではなく質を高めていきたいです。

yinyang

yinyangとは6年の付き合いになりますが、どのような印象ですか?

Pak Madeさん

yinyangはすごく気持ちの良いお客様。
ミスをした時にはお互いの気持ちを話し合え、信頼関係が築けていると思っています。
新しいことにチャレンジするときも一緒に成長しているように感じます。
オーダーの量も丁度よく、年に2回変わりなくシンプルなオーダーのやり方が私たちにはとてもありがたいです。
安定したオーダーをもらえることで良い関係が続けられています。

yinyang

工場ではバリ島以外の島から働きに来ているスタッフが多くいますが、それはどうしてですか?

Pak Madeさん

バリの人は手仕事を好まない傾向があったので、他の島から人材を探すことにしました。
主に染めるスタッフはスンバ島から来ています。
スンバ島には草木染めの文化が今でも残っていて、最初は1人のスンバ人のスタッフを雇用し、その後クチコミで常に回っています。
他の島の人とのコミニュケーションは同じインドネシア人でも文化や宗教の違いで話が通じにくいことが多く、
特に知識に関しては教えるところからなのでとても時間がかかります。
基本的に手作業に向いているのはスンバ島やカリマンタン島などの人が多いです。
クオリティの管理やお客様とのコミニュケーションは英語も話せるバリ人のスタッフ、家族、という風に適材適所を考えて仕事を回しています。

Madeさんはアイデアマン。常に何かにチャレンジし、自ら工場の機械なども製作してしまう創作者。
染めるために必要な草木も栽培し、使用後の草木は栽培している草木の元へ捨てるという循環システムも考えたそうです。
天然の原料でも直接川へ流すこともしません。染料を浄化してくれる植物を植え、浄化システムまで作りあげました。
そんなMadeさんに、『持続可能な社会を継続させるために心がけていることは何か』を聞きました。

Pak Madeさん

常にどうすればより良く、効率よく工場が動くかを考えています。
例えば、今考えているのは、草木染めでは水を沢山使うのですが、それをいかに少なく環境の負担にならないように出来るかです。
試行錯誤の上、スチームで美しい染めを仕上げた時には、ジャカルタで開催されている賞に認められたこともありました。
あとは、市の協力を得て、伐採する木の中で工場に必要な葉っぱがある場合は連絡が入るようなシステムを作ったことです。
市は伐採した草木を処理するのにかかるお金、工場は葉っぱを手に入れるまでにかかる時間をそれぞれ減らすことができ、
WIN WINの関係を成り立たせています。
色んな可能性を試すことで、今では他の島から私の知識を講習して欲しいと言う依頼も来ています。

yinyang

これからの夢はありますか?

Pak Madeさん

もし出来るのであれば、国と協力をして染め粉を作る研究がしたいです。
今は原始的な方法で染めているので電気や水を沢山使用しますし、染め液の保存場所や保存期間もあるので大変です。
もし、染め粉を開発することに成功すれば、安定した色を出し、少ない燃料で染めることが出来ると思いますが、
ハイテクノロジーのないインドネシアでの研究は、一人の力では出来ないと考えています。

yinyang

yinyangへのメッセージを聞かせて下さい。

Pak Madeさん

一緒に成長をしているビジネスパートナーのように思っています。
最初は少ないオーダーから始まりましたが、その後どんどん広がりバリの草木染めが日本で喜ばれているのを感じます。
yinyangのサクセスは私たちの喜びでもあります。そのために私たちは日々クオリティを落とさないように努力します。
これからも一緒に新しいことにもチャレンジしていきたいです。

yinyangが草木染め工場を探し始めたキッカケは、
当初yinyangではオリジナルの色の生地を作る場合にケミカル染めを使用していて工場ではケミカル染め液が直接川へ流れ、
職人さん達は直接染め液に触るので手が染まってしまうことを知ったことでした。
あまりにも衝撃的なその事実に、天然のもので染められる工場がないのかと考えた結果、探し当てたのが私たちの始まりです。
その当時の「私たちがオーダーを続ける限り、バリの川や海を汚染し、職人さんの健康までも害してしまうことに繋がる。それだけはやめたい。」
その思いとMadeさんの思いが同じだったことを知って、より一層深い繋がりと出会えた意味を感じました。
バリ島で製造をすることを通して、一つのモノが出来上がるまでの工程を知ることが、どれだけ大切なことなのかを学ぶことが出来ています。

ありがとうMadeさん。ありがとうバリ島。
これからも末長くよろしくお願いします。


SWEING FACTORY IN JAPAN


coming soon...


KNITTING FACTORY IN SUZHOU, CHINA


coming soon...